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喜多方;町人文化

 2002年3月16日(土)、会津盆地内の平地は雪が消え、山間は雪の残る、早春の喜多方を楽しんできました。

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早春
楚々木の福寿草

 山間やまあいの道を奥へ上へと入り、道路を雪解け水がザブザブ流れる小楚々木こそそきに到着。
 やっと雪の解けている日だまりを探すと、あちらこちらに福寿草が顔を出していました。 まだまだ蕾が多いが、早い株は咲きだしています。 雪の下で雪解け水を吸って春を待ちわびた、植物です。
 隣に顔を出していたふきのとうを摘ませて戴き、帰ってから天ぷらとふき味噌で舌鼓も打ちました。
 小楚々木より福寿草がたくさんあるらしい、大楚々木は、雪が解けず、福寿草はまだ咲き出していません。
 楚々木の例年の花期は3月下旬。 5万m2に約100万株が咲く山都町沼ノ平は3月下旬〜4月上旬です。
楚々木付近の地図

蔵の街
三津谷みつやの登り窯とレンガ蔵

 雪の切れ目の福寿草に心満たされて、次は三津谷へ。
 明治23年に樋口市郎が創業、研究を重ねて特許も取得したという登り窯。 明治から大正にかけて盛んにレンガを焼いたという。 窯は10室あり、1回に約1万個が焼けるそうだ。 3月下旬〜11月末までの開館で、まだ開いていなかった。 残念! 市指定有形民族文化財です。

 若菜家に座敷蔵、醸造蔵、肥料蔵、納屋蔵が残る。 全てすてきなレンガ蔵です。
 どういう気持ちでこんなにもたくさんの蔵をレンガで造ったのでしょう。

三津谷付近の地図

杉山の農家蔵

 杉山は戸数19戸の小さな集落で、一本の小道を挟んでさまざまな農家蔵が並びます。 観音開きの窓と、深い雪の重みに耐えるような「かぶと」形の屋根が、杉山ならではの特色を表しています。 漆で塗り飾られた紋は当時としては最高もののだそうです。
 下右端の蔵は、喜多方のあちこちで一番よく見かけるスタイルのものです。

杉山付近の地図

蕎麦の里・山都

 囲炉裏のある昔ながらの民家は、まさに故郷を想わせるたたずまい。 山都の中心部から10kmほど離れた宮古地区の、そんな趣あふれる座敷で蕎麦を戴いた。
 標高400m以上、かってここは痩せた土地ゆえに米が育たず、蕎麦は主食として用いられていた。 そのため、良質の粉と水から打った蕎麦で客をもてなす独自の食文化が発達。 つなぎを全く使わないそば粉100%の純白に近い蕎麦は、のどごしの良さが自慢。
 入ったのはなかじま。 勧められて、まずは水のみをつけて食べる水蕎麦。 その後はつゆで食べたんですぅ。 その場で打ってくれる蕎麦は、腰もあり、極上♪ (2006.5.19)
交通   : 磐越西線・山都駅下車、車で20分
駐車場 : あり
そば屋一覧
問合せ : 喜多方市山都町観光協会 0241-38-3830
       そば資料館 0241-38-3000
付近の地図

熱塩温泉・大塩温泉

熱塩温泉

 千年も前、山の中から熱い塩の湯が湧き出ていることで、弘法大師が熱塩とされたと伝わる。 桜、新緑、紅葉と四季折々の風情満喫できる自然環境にあり、歴史の古さを感じさせるひなびた落ち着きが魅力。 宿から歩いてほど近い示現寺は禅寺で、座禅と精進料理を体験できる。
泉質   : 食塩泉
交通   : 磐越西線・喜多方駅下車→バス20分
       車…会津若松IC→R121喜多方方面約40分
問合せ : 喜多方観光協会 0241-24-5200
付近の地図
お奨め宿 : 直前予約は 熱塩温泉 山形屋 〜一流の田舎〜

大塩温泉

 裏磐梯のすそ野、大塩川の清流の音に耳を傾けながら、旅の途中の温泉情緒にのんびりひたる大塩裏磐梯温泉。 弘法大師が開いたといわれる由緒ある温泉で、薬湯として湯治に訪れる人々も多い。 裏磐梯へ足をのばす玄関口としてのお泊りに向く。
泉質   : 弱食塩泉
交通   : 磐越西線・喜多方駅下車→バス20分
       車…会津若松I.C→R121・R459喜多方方面約40分
問合せ : 喜多方観光協会 0241-24-5200
付近の地図

新宮熊野神社

本殿:熊野三社の那智殿、新宮殿、本宮殿
 新宮熊野神社は、「前九年の役」天喜3(1055)年、源頼義が戦勝祈願のために紀州熊野から熊野堂村(会津若松市河東町)に勧請したのが始まりで、後に「後三年の役」で頼義の子・義家が現在の地に熊野新宮社を遷座・造営、寛治3年(1089)完成と云われる。 この時、同時に熊野本宮社を岩沢村(喜多方市上三宮町)、熊野那智社を宇津野村(喜多方市熱塩加納町宇津野)に遷座・造営したが、後年、この2社は新宮社に遷され、現在、神社には本宮・新宮・那智の3社が祀られている。 最盛期には三百余の末社や寺院・霊堂が立ち並び、100人以上の神職がいたというが、12世紀末に越後の城長茂の押領により一時衰退した。 その後、源頼朝によって二百町歩の領田を与えられて再び勢力を取り戻した。 奥州合戦後に会津を与えられた佐原義連の孫・時連は神社の北東に新宮城を築いて新宮氏を名乗り、これ以後約200年間会津盆地北西部(現在の喜多方市一帯)を支配した。 新宮氏が蘆名氏に滅ぼされると、後ろ盾を失ったことから神社は衰退し、16世紀後半になると戦乱に巻き込まれた影響もあって社殿は荒廃したという。 蒲生秀行が会津領主の時に50石を支給されたが、慶長16年(1611)の会津地震で本殿以外の建物は全て倒壊してしまった。 

長床
その後、慶長19年(1614)、蒲生忠郷によってかつてのものよりも一回り小さい拝殿(長床)が再建され、会津松平氏時代は祈願所とされ、度々藩主の代参が行われた。 明治時代初めの廃仏毀釈で多くの仏像や文化財が失われてしまったが、神社は存続し、現在は神社近辺の集落住民で結成された保存会によって維持管理されている。
 拝殿の長床(国重文)をはじめ神殿本殿、文殊堂、観音堂など、重文級の社殿社宝を残す。 長床は、藤原時代の貴族の住宅建築としての寝殿造りの主殿の形式をふんだもの。 建坪100坪余り、正面が27mもある茅葺き寄棟造、直径45cmの円柱44本が5列均等に並ぶ。
 長床前にある大銀杏は高さ30m・根本周り8.1mで樹齢は600年といわれ、喜多方市天然記念物。 じゅうたんのように降り積もるイチョウも素敵なようです。  (2006.5.19)
所在地   ; 喜多方市慶徳町新宮2258
交通    : 喜多方駅より車で10分
拝観時間 : 8:00〜16:00
拝観料   : 大人300円・高校生200円・中学生100円
問合せ   : 新宮熊野神社保存会長床事務所0241-23-0775
熊野神社付近の地図
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更新来歴
2010.8.26 URL変更。
2009.9.12 蕎麦の里・山都、熱塩温泉・大塩温泉を追加。早春と蔵の街の画像を更新。
2008.1.25 新宮熊野神社を追加。

またお会いしましょう! 2002.3.19開設